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脊柱管狭窄症と診断された慢性腰痛と歩行困難

脊柱管狭窄症と診断された慢性腰痛と歩行困難

歩行も困難だった腰痛が改善し、ぎっくり腰の不安もなくなりました!

30代女性
主訴
腰痛、繰り返すぎっくり腰、歩行困難(副訴:便秘)
来院に至った経緯

約10年前、看護師として働き始めて2年目の頃、勤務中に患者を抱え上げた際、初めてぎっくり腰を発症した。それまで大きな腰のトラブルはなかったが、この出来事をきっかけに慢性的な腰痛を抱えるようになった。当初は数日で痛みが落ち着くこともあり、その都度仕事を続けていたが、その後もぎっくり腰を何度か繰り返すようになり、腰の状態は徐々に悪化していった。

約1年半前には、特に重い物を持ったわけでもない状況で再びぎっくり腰を発症した。これを境に腰痛はさらに悪化し、回復しても以前の状態まで戻ることはなくなった。日常生活や仕事への影響は次第に大きくなり、長時間立っていることや歩き続けることが困難になっていった。

整形外科を受診したところ、レントゲンやMRI検査の結果から脊柱管狭窄症と椎間板変性と診断された。椎間板はかなりすり減っている状態であり、「将来的には腰にボルトを入れる手術も検討しなければならない」と説明を受けた。しかし年齢的に手術はできるだけ避けたいと考え、リハビリによる筋力強化を選択し、インナーマッスルを鍛えるトレーニングを継続してきた。

リハビリを続けることで一時的に症状が軽くなることはあったものの、時間の経過とともに再び悪化し、腰の状態は改善しないまま推移していた。痛みが強い時にはマッサージなどの施術も受けていたが、思うような改善は得られなかった。

現在は、長時間同じ姿勢で立ち続けることが難しく、仕事中も常に腰への負担を感じていた。また、歩行も徐々に困難となり、本人は普通に歩いているつもりでも、周囲からは小刻みにしか歩けていないと心配されるほどになっていた。幼い娘の育児にも支障を感じるようになり、「このまま歩けなくなるのではないか」という強い不安を抱えていた。

また、腰痛とは別に、幼少期から慢性的な便秘にも悩まされていた。ひどい時には1週間近く排便がないこともあり、学生時代は現在以上に症状が強かったという。11歳の頃には腸閉塞を経験したこともあり、それ以降は激しいスポーツを控えながら生活してきた。

これまで整体や産後の骨盤ケア、カイロプラクティックを受けた経験はあったものの、腰痛が根本的に改善した実感は得られなかった。手術以外の方法で腰の状態を改善したいという思いが強くなり、「このままでは根本原因を改善しなければ良くならない」と考えるようになった。

インターネットでさまざまな治療院を検索する中で、「根本原因にアプローチする」という当院のホームページを見つけた。詳しく内容を読み進めるうちに、自分の腰痛も根本から改善できる可能性があるのではないかと感じ、当院に来院された。

初診の状態
  • 01

    正中仙骨稜にスポンジ状の浮腫

  • 02

    腰部起立筋の過緊張

  • 03

    仙骨第3仙結節に鋭い圧痛点

経過と内容

初診時の状態では、第3仙結節には鋭い圧痛点があった。体表温度検査では、骨盤部と上部頸椎に明らかに左右の温度の誤差が確認された。また正中仙骨稜にスポンジ状の強い浮腫が確認され、腰部起立筋と頸部胸鎖乳突筋は過緊張の状態であった。

レントゲン評価では、椎間板をD1~D6という6段階で評価していく。腰の椎間板の段階は慢性的なD5レベルで重度の骨盤の傾きや過前弯で反り腰が確認された。首の椎間板の段階は6段階中3段階の慢性的なD3レベルが確認され、首の前弯カーブ(前カーブ)は消失してストレートネックを通り越してスワンネック(逆カーブ)となっていた。

歩行にも支障をきたしているような状態であったため、初診時の検査結果をもとに初期集中期の段階では週2回のケアから開始した。

4週目(6回目のアジャストメント)には、腰の状態だけでなく身体全体に変化が現れ始めた。初回のあと2日ほど下痢が続き、その後は顔にニキビのような肌荒れが一時的に出現したが、数日で自然に落ち着いた。腰の痛み自体はまだ残っていたものの、歩行時のぎこちなさはわずかに改善し始めていた。

8週目(12回目のアジャストメント)には、朝起きた時の腰の状態が明らかに改善していた。「寝起きの腰が今までで一番楽になった」と本人からも報告があり、以前は時間が経たないと動き出せなかった腰が、朝から比較的スムーズに動かせるようになっていた。また、椅子からの立ち座り動作も以前より楽に行えるようになり、歩行時の不安も軽減していた。

13週目(17回目のアジャストメント)には、腰椎の可動性が改善し、これまで困難であった腰椎伸展動作も可能となっていた。初診時には骨盤全体が後方へ引けた姿勢で腰を反らすことができなかったが、腰部の柔軟性が回復し、アジャストメント時にも十分な可動性が確認できるようになった。歩行も初診時のような小刻みな歩き方ではなくなり、自然な歩幅で歩けるようになっていた。

18週目(22回目のアジャストメント)には、長時間立ち続けた際の腰痛は大きく軽減し、仕事や育児による負担にも以前ほど不安を感じなくなっていた。歩行も安定し、初診時にみられた歩行困難はほぼ消失していた。一方で、長年繰り返してきたぎっくり腰を考慮すると、身体の可動域が回復して活動量が増える時期でもあるため、無理な動作には十分注意しながら神経機能を安定させていく必要があることを説明した。

現在は、初診時に訴えていた腰痛や歩行困難は大きく改善し、日常生活への支障もほとんどなくなっている。今後も神経機能の安定を維持し、ぎっくり腰の再発を予防する目的で、身体のメンテナンスとして定期的なカイロプラクティックケアを継続している。


考察

今回の腰痛による歩行困難や繰り返すぎっくり腰は、第3仙結節を中心とした仙骨部の神経機能低下が原因であったと考えられる。

初診時の評価では、第3仙結節に鋭い圧痛点が認められ、正中仙骨稜にはスポンジ状の浮腫が確認された。また、体表温度検査でも骨盤部に明らかな左右差が認められ、仙骨部の神経機能低下が示唆された。

レントゲン評価では腰部の椎間板の段階は慢性的なD5レベルが確認され、骨盤全体が後方へ引けた状態となっていた。D5レベルという評価の場合、少なくとも10年以上の負荷が腰部の椎間板に掛かっていたことが示唆され、長年にわたり仙骨部の神経機能低下が持続していたことが関与していた可能性が考えられる。

神経に継続的な負荷が掛かると、身体はその部位を保護しようとして周囲の筋肉を防御反応として過緊張させる。その結果、神経機能の低下に加えて筋肉の過緊張による血流低下も生じ、腰部へ十分な酸素や栄養素が運ばれにくい状態となる。

こうした状態では、本来身体が持つ修復機能が十分に働かず、慢性的な腰痛へとつながっていく。さらに、神経機能への継続的な負荷が繰り返されることで、ぎっくり腰を何度も発症しやすい状態になっていたものと考えられる。

本症例では、骨盤部と上部頸椎にアプローチを行ったが、骨盤部と上部頸椎はどちらも副交感神経支配の領域となる。患者は幼少期から慢性的な便秘にも悩まされていたが、腸の蠕動運動は副交感神経が優位な状態で活発に行われる。そのため、これらの部位の神経機能低下は、長年続いていた便秘にも少なからず影響していた可能性がある。

初回アジャストメント後に一時的な下痢や顔の肌荒れが出現したが、長期間の便秘によって体内に老廃物が停滞していたことが推察される。神経機能が変化したことで腸管活動が活発になり、身体が不要なものを排出しようとした反応の一つであった可能性が高く、これらの症状は自然に消失していった。

仙骨部および上部頸椎のサブラクセーション(根本原因)が整えられたことで、身体が本来持つ自然治癒力が働き、腰痛や歩行困難、さらには長年続いていた便秘までもが変化していったのだろう。

歩行困難なほど慢性的な腰痛であったとしても、神経の流れを整え、身体の情報を脳へ正しく届けることが重要である。改めて、人間が本来持つ「治るチカラ」の素晴らしさを実感した症例であった。

前田 一真

執筆者前田カイロプラクティック藤沢院前田 一真

神奈川県藤沢市出身。塩川カイロプラクティックにて内弟子として研鑽を積み、塩川満章D.C.と塩川雅士D.C.に師事。副院長まで務める。2023年、地元である神奈川県藤沢市に「前田カイロプラクティック藤沢院」を開院し、院長として地域住民の健康を支えている。また日本で最も歴史あるカイロプラクティック学校シオカワスクールでは現役講師を務め、次世代のカイロプラクター育成にも力を注いでいる。シオカワグループの一員として、インサイドアウトの健康文化を日本に根付かせるため、一人でも多くの人にカイロプラクティックの持つ無限の価値を知っていただくことを使命とし、臨床と教育の両面から活動している。

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