非常識と呼ばれる場所に、インサイドアウト健康文化は芽生える
数が増えると、価値観は「非常識」から「当たり前」に変わる
新しい考え方が生まれたとき、最初に与えられる評価は、たいてい決まっています。
「それは少し極端だ」
「理想論ではないか」
「現実的ではない」
つまり、非常識だという扱いです。
けれど、歴史を振り返ると、今では当たり前とされている価値観の多くが、かつては非常識でした。
文化とは、最初から受け入れられるものではなく、受け入れられていくものなのだと思います。
非常識と呼ばれる段階は、間違いではない
インサイドアウト健康文化も、同じ道を通っています。
体を信じるという考え方。
管理よりも、回復の力を尊重する視点。
不調を敵ではなく、調整として捉える感覚。
それらは今の社会では、まだ少数派です。
だからこそ、違和感を持たれることもあります。けれどそれは、間違っているからではありません。
まだ数が揃っていないだけです。
数が増えると、説明は必要なくなる
価値観が少数派であるうちは、どうしても説明が必要になります。
なぜそう考えるのか。
なぜそれが大切なのか。
しかし、数が増えてくると、状況は少しずつ変わっていきます。
同じ考え方を持つ人が身近に現れ、同じ在り方が、あちこちで見られるようになる。
すると、説明よりも先に、「そういうものなのかもしれない」という感覚が生まれます。
文化が定着し始める瞬間です。
家庭から、職場へ、そして次世代へ
文化が広がるとき、最初に変わるのは、とても身近な場所です。
家庭の中で、体の不調への向き合い方が変わる。職場で、無理を前提にしない空気が生まれる。
教育の場で、内側の感覚を尊重する姿勢が伝えられる。こうした変化は、
大きな声で宣言されることはありません。
けれど、確実に積み重なっていきます。
そしてそれは、次の世代にとって「最初からそうだった」価値観になります。
当たり前になった文化は、誰かを縛らない
文化が当たり前になると、それは強制力を失います。
「こうしなければならない」ではなく、「自然とそうしている」。
インサイドアウト健康文化が目指しているのも、この状態です。信じることを押し付けない。考え方を強要しない。
ただ、その在り方がそこにあり、選ばれていく。
数の力とは、圧倒する力ではなく、空気を変える力なのだと思います。
最後に
非常識と呼ばれることを、恐れる必要はありません。それは、文化が生まれる途中にいる証拠です。
数が増え、場が広がり、在り方が揃っていくとき。価値観は、静かに立場を変えます。
「非常識」だったものが、「当たり前」になる。インサイドアウト健康文化も、その途中にあります。
急がず、誇示せず、ただ続けていく。数の力とは、そういうものなのだと思います。

執筆者塩川カイロプラクティック塩川 雅士D.C.
1980年、東京都生まれ。17才で渡米後、2004年パーマーカイロプラクティック大学を優等で卒業。D.C.の称号取得。米国ナショナルボード合格。日本カイロプラクティックリサーチ協会(JCRA)役員。2005年からカイロプラクターを育成する学校の運営と講師に携わり、現在、年間約300時間の講義やセミナーなどの活動を全国で精力的に行っている。