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2025.12.31

シオカワグループには、インサイドアウト健康文化を根付かせるための「器」がある

シオカワグループには、インサイドアウト健康文化を根付かせるための「器」がある

文化は一人の想いからは生まれない

共有され、繰り返され、引き継がれていくことで、初めて現実の中に根を下ろします。

ここで自然と浮かぶ問いがあります。

では、その文化を受け止め、育て続けるものは何か?

答えの一つが、「グループ」という存在です。

なぜ「個人」ではなく「グループ」なのか

どれほど優れた思想や実践があっても、それを一人で背負い続けることには限界があります。

疲れることもある。
迷うこともある。
揺らぐこともある。

それは弱さではなく、人として自然なことです。

だからこそ、文化を本気で残そうとするなら、個人の力に依存しない形が必要になります。

グループとは、誰かが完璧であることを前提にした集まりではありません。

むしろ、不完全な人が集まりながらも、同じ方向に立ち戻れる場所。

それが、文化を根付かせるための「器」なのだと思います。

器があるから、想いは続いていく

器がない想いは、情熱が冷めた瞬間に、消えてしまいます。

けれど、受け止める器があれば、一時的に離れても、また戻ってくることができます。

シオカワグループがグループという形をとっているのは、想いを縛るためではありません。

想いが続いていく余地を残すためです。

一人で抱え込まなくていい。
一人で証明し続けなくていい。

同じ価値観を持つ仲間がいるという事実そのものが、文化を持続させる力になります。

哲学・教育・臨床を揃える意味

文化は、言葉だけでは定着しません。在り方として揃っていなければ、すぐに形骸化してしまいます。

だからシオカワグループでは、哲学・教育・臨床を切り離さずに考えています。

哲学だけが高尚でも、現場で活きなければ意味がない。

臨床だけが優れていても、共有されなければ文化にならない。

教育だけが先行しても、実践と結びつかなければ根付かない。

三つが揃い、同じ方向を向いているとき、文化は「仕組み」ではなく空気として存在し始めます。

数が揃ったとき、文化は現実になる

一人の実践は、点です。二人、三人と重なると、線になります。

そして数が揃ったとき、それは面になります。

面になった文化は、特別な説明を必要としません。そこに身を置くだけで、自然と伝わっていくからです。

シオカワグループが目指しているのは、思想を広めることではありません。

思想が当たり前として息づく環境をつくることです。

そのための器として、グループは存在しています。

グループとは、完成形ではなく進行形である

誤解してほしくないことがあります。グループは、完成された理想郷ではありません。

揺らぐこともあれば、試行錯誤することもあります。

けれど、それでも同じ方向を向き直せる。その柔軟さこそが、文化を長く生かす条件だと信じています。

シオカワグループでは、文化を語りながら、文化に育てられている。その循環の中に、私たちは立っています。

最後に

文化を根付かせるというのは、強い人をつくることではありません。

続いていく場をつくることです。

誰か一人の熱量に頼らず、揃った在り方が、静かに積み重なっていく。

シオカワグループは、そのための器でありたいと思っています。

思想を守るためではなく、インサイドアウト健康文化が生き続けるために。

塩川 雅士D.C.

執筆者塩川カイロプラクティック塩川 雅士D.C.

1980年、東京都生まれ。17才で渡米後、2004年パーマーカイロプラクティック大学を優等で卒業。D.C.の称号取得。米国ナショナルボード合格。日本カイロプラクティックリサーチ協会(JCRA)役員。2005年からカイロプラクターを育成する学校の運営と講師に携わり、現在、年間約300時間の講義やセミナーなどの活動を全国で精力的に行っている。

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