シオカワグループ シオカワグループ

頸椎ヘルニアによる左腕全体の痺れと痛み

頸椎ヘルニアによる左腕全体の痺れと痛み

50代男性
主訴
頸椎ヘルニアによる腕の痺れ
来院に至った経緯

会社をいくつも経営し、毎日のように深夜まで働くことが続いていた。
会食や出張も多く、スケジュールは常にパンパン。そんな生活が何年も当たり前になっていた。
健康にはそれなりに気を遣っていたつもりだったが、3ヶ月ほど前、右腕に妙な痺れを感じはじめた。

「まあ疲れかな」と軽く考えていたが、数日経っても症状は消えず、むしろじわじわと範囲が広がっていった。
仕方なく病院を受診し、レントゲン検査を受けたが「異常は見つかりません」とのこと。
とりあえず痛み止めを処方され、「しばらく様子を見ましょう」と言われた。

しかし仕事は待ってくれない。忙しい日常に戻ったものの、痺れは日に日に悪化していき、1ヶ月も経たないうちに腕の痛みまで出はじめた。
夜になると、首を枕につけるだけで激痛が走り、まったく眠れない日々が続いた。
いくら疲れていても横になるのが怖くなり、椅子に座ったまま仮眠を取ることすらあった。

これはさすがにおかしいと思い、再度病院に行き、今度はMRI検査を受けた。
診断結果は「頸椎5番・6番のヘルニア」。
医師からは「このレベルになると手術以外は難しい」と言われた。

だが手術はどうしても避けたかった。
経営者という立場上、簡単に長期休暇を取れる状況でもないし、万が一術後に後遺症が残ったらどうしよう、という不安も大きかった。
そのため痛み止めや炎症を抑える薬を飲みながら、なんとか日常をやりくりしていた。

だが薬の効果は思ったほどなく、症状は変わらないどころか悪化しているように感じた。
「このままでは仕事どころか、生活そのものが成り立たなくなるかもしれない」そんな焦りと不安で精神的にも追い詰められていた。

そんなとき、たまたま知り合いとの雑談の中で「塩川カイロプラクティック」という名前を聞いた。
「通っているけどすごく良いよ。普通の整体とかとは全然違う」と言われ、藁にもすがる思いでネットで調べてみた。公式サイトや口コミ、紹介記事を読み進めるうちに「ここなら何か変わるかもしれない」と希望が湧いてきた。
さらに紹介してくれた知人から副院長の先生がとても信頼できると聞き、背中を押された。

「最後の砦かもしれない」そんな思いで当院への来院を決意した。

初診の状態
  • 01

    上部頸椎の過緊張

  • 02

    下部頸椎周辺のぶよぶよした浮腫

  • 03

    左上半身全体の痺れ・痛み・違和感

経過と内容

初診では明らかに重度の症状が出ていて、首もまともに動かせない状態だった。レスト中も首を伸ばすことができず、枕を2つ以上重ねないと寝ることができない状態だった。レントゲンでは椎間板の慢性度合いがD5とかなり慢性的だったこともあり、まずは週2回のペースでケアを続けていくことにした。

3週目(6回目のアジャストメント)には、徐々に痺れや痛みの位置が変わってきた。痺れの位置は指先に近くなり、以前よりも痺れが広がっているような状態だった。しかし、痛み自体は減ってきており、仕事も以前より集中できるようになってきた。検査上では浮腫が顕著に変化していたり、ブレイクの振れが減ってきていることからもリスティングはそのままで続けていくことにした。

5週目(10回目のアジャストメント)には、腕の痺れと痛みがだいぶ落ち着いてきた。寝ることも問題なくできるようになり、同じ姿勢を続けないように気をつけてはいるが仕事も問題なくできる時間が増えてきているとのことだった。検査上では浮腫も落ち着き始め、週1回のペースに変更することにした。

7週目の(12回目のアジャストメント)には、腕の痺れも首の痛みもほとんど落ち着いている状態だった。出張などがあった関係で長距離移動が多く、浮腫が出始めていて首に症状が出ていたタイミングもあったが、翌日には回復するなど症状が続くということはなくなった。

現在は週1回のペースで再発予防とさらなる改善を目指し継続的にケアを続けている、

 


考察
高島 克哉

執筆者塩川カイロプラクティック治療室高島 克哉

神奈川県川崎市出身。横浜市の整体院に勤務後、世田谷区で開業。自分の治療法に確信が持てず、様々な治療法を模索し多くの講習会に参加。そんな中、偶然塩川雅士D.Cの記事を読んだことをきっかけにカイロプラクティックの持つ無限の可能性に衝撃と感動を覚える。その後塩川カイロプラクティックスクールに参加し、研修を経て正式に入社。現在は治療にあたりながら塩川スクールのインストラクターを担当する。

pagetop