

患者は、首から右腕にかけての痛みと力の入りにくさを主訴として来院された。症状の始まりは約2年前で、重い物を持ち上げようとした際に右腕に力が入らず、痺れを感じるようになった。当時は痛みよりも「力が抜ける」「思うように動かせない」という違和感が強く、日常の細かい動作にも影響が出始めていた。
1年前には、スプーンや箸、髭剃りなどの軽いものでも右手だけでは扱いづらく、左手で支えながら使わないと落としてしまうことがあった。現在はその頃に比べると改善しているものの、右腕を後ろに回す動きには制限が残り、左肩に比べて挙上は160°ほどとなっている。
物を持ち上げる際、手のひらを下あるいは横にすると力を入れやすいが、手のひらを上に向けると力が入りにくいという動作上の特徴がみられる。
発症に関連する出来事として、3年前に自転車走行中に車と接触し転倒した事故がある。事故直後は痛みもなく通常通り過ごせていたが、2~3ヵ月後から右腕に力が入りにくい状態が続くようになった。
学生時代からアイスホッケーを行っており衝突が多く、若い頃はプロとしても活躍していた経歴がある。27年前にも後方から追突されむち打ちとなったが、当時は治療せず、そのまま経過していた。
副主訴として、3年前の事故当時には頭痛がみられたが現在は出ていない。また、ここ5年ほどは冷え性を自覚しており、幼少期からアトピー性皮膚炎がある。子どもの頃は卵摂取で症状が出ていた時期もあったが、現在は食事との関連はみられていない。花粉症の既往もある。
良くなったら自転車や山歩きに再び取り組みたいという希望があり、暖かい季節には自転車通勤をしていたが、症状が出てからは乗る機会が減っている。
より根本的に身体を整える必要があると感じ、塩川グループの動画を見てカイロプラクティックに興味を持ち、「一度受けてみたい」と考え、ご来院を決意された。
右腰部の過緊張
右上後腸骨棘の内側上部の窪んだ浮腫
右乳様突起下のスポンジ状の浮腫
全身の皮膚の乾燥
初回では、右腰部の過緊張、右仙腸関節内側上部の窪んだ浮腫、右短下肢や臀部の膨隆が確認され、頚部においても頚椎1番の右側屈制限と乳様突起下のスポンジ状の浮腫が確認された。ほかにも下部頚椎、胸部、腰部でもブレイクが多数現れる状態であり、神経への負担が強くかかっていることが予想できた。
レントゲン評価では、頚椎3番から5番の椎間板の段階がD6であることから頚椎には15年以上前から、腰椎4番の椎間板の段階はD5であることから10年から15年の負担がかかっており、慢性度合いはかなり高いことがうかがえる。
慢性度合いから週3のケアを提案したが、2時間ほどかかる遠方からの通院であることや仕事の関係上なかなか多く通うことは難しいとのことで、できる限り間隔をあけないようにスタートした。
13週目(7回目のアジャストメント)では、最近箸を持つときの力が以前よりも発揮しやすいと感じるようになった。4月頭までは眠りが浅く、途中で起きてしまうことがあったが、今は睡眠の調子が良く、よく眠れている。C7のアジャストメントを行うことでC1の可動性が変化することから、9回目以降アジャストメント部位をC7PLに変更している。
19週目(10回目のアジャストメント)では、来院されてから明らかに睡眠の質が良くなった。以前までは朝まだ寝ていたい感覚だったが、今はパッと起きられる。肌質が劇的に改善し、来院当初は皮膚が粉のようにポロポロ剥がれていたり、掻いたり擦れたりして出血の跡もあったのが当たり前だったが、剥がれている皮膚はなくなり、乾燥気味だが綺麗な肌となったことにまるで自分の肌じゃないようだと驚かれていた。11回目以降では、骨盤のアジャストメントによって変化が乏しいT8についてアジャストメントを追加した。
34週目(15回目のアジャストメント)では、睡眠、お腹の調子、肌質、冷え、だるさや疲れ、どれも調子が良く、当院に来てから身体の調子で困っていることがない。腕の力も最初に比べたら少し入るようになっていて、電動の枝切りをずっと握っているのがキツい程度になった。
現在は、息子さんの野球観戦や城巡りで出かけることが楽しみであり、良好な肌質、身体の調子を維持するため、4週に1度のペースでカイロプラクティック・ケアを継続している。
本症例は、首から右腕にかけての痛みや力の入りにくさに加え、花粉症、アトピー性皮膚炎、冷え性、頭痛など多くの不調を抱えた状態で来院されたケースである。学生時代からアイスホッケーによる衝突が多く、さらに交通事故の既往も重なり、長期的に身体へ負荷が蓄積していたことが背景として想定される。
特徴的であったのは、手のひらを上に向けた状態で物を持ち上げると力が入りにくいという点である。手のひらを上に向ける動作(前腕の回外)は C5・C6由来の筋 の支配を強く受けるため、MMTの右腕の力が弱まっっている点と合わせると、頚部の機能低下が日常動作の不自由さに影響していた可能性がある。
検査では、頚椎1番の右側屈制限、乳様突起下の浮腫、さらに体表温度検査で C1、C7 のブレイクが明確であったが、脊柱全体で体表温度検査の針がピンピン跳ねていることからも、自律神経のバランスが強く乱れていると判断し、まずは骨盤、上部頚椎の2箇所に絞ってアジャストメントしていくこととした。
ただ、土台である骨盤をアジャストメントしてもなお変化が乏しいT8やC7は、神経への負担があると判断し、アジャストメント部位として選択した。実際、ケア中期以降に箸の使用や細かな作業がしやすくなり、神経機能の回復と一致した変化がみられている。
骨盤については、右仙腸関節の可動制限、右PSIS周囲の浮腫、右短下肢など、右PIEXを示す所見が確認された。骨盤は副交感神経の支配領域に位置しており、この部分にサブラクセーションがあると、疲労の回復・睡眠・冷えといった全身の機能に影響が出やすい。来院初期には睡眠の浅さや倦怠感がみられたが、ケアの継続とともにこれらの症状は大きく改善した。
さらに、本症例では T8PLS の所見が重要であった。T8は自律神経系の中でも「副腎」と関連するレベルであり、副腎はストレス反応・免疫調整・皮膚の炎症にも関わる器官である。自律神経バランスやホルモンの働きも影響することが多いため、このT8のサブラクセーションは全身状態の乱れと関連していた可能性が考えられる。
実際、アジャストメントを進める中で、粉状に剥がれていた皮膚が整い、出血跡が当たり前だった状態から「自分の肌とは思えないほど綺麗になった」と驚かれるほど肌質に変化が見られた。これは皮膚だけが急に良くなったのではなく、身体の内側での調整が進み、副腎を含む自律神経系の働きが整った結果と考えられる。
さらに、頚椎3~5番でD6、腰椎4番でD5と、10年以上にわたる古くからの負担が蓄積していた所見も確認された。椎間板の変性が進むと、身体は神経を守るため骨同士が寄り、動きを制限する「防御反応」をとることがある。しかし構造的負担が大きくても、神経の機能を回復させること自体は可能と考えられており、事実、本症例では神経が働き始めた段階から睡眠・冷え・皮膚・腕の力といった全身に良い変化が連動して現れている。
現在は、息子さんの野球観戦や城巡りが快適に楽しめるほど体調が安定し、「困っている症状がない」とご本人が話されるまでに生活の質が向上している。これはアジャストメントが症状を直接治したのではなく、患者自身の自然治癒力が働ける環境が整い、身体が本来の働きを取り戻した結果である。
長年の負担が積み重なっていても、脳と身体のコミュニケーションが整えば、年齢に関係なく回復していく、人間が持つ治る力の素晴らしさを改めて実感させてくれた症例であった。


執筆者OKAカイロプラクティック髙村 悠二
東京都出身。理系大学を卒業後、ミュージシャン・音楽講師として活動を始める。活動の中で解剖学や身体の使い方という視点からの上達法をSNSで見て、「体の仕組み」に興味を深め、整体の専門学校に入学。専門学校卒業後、整体師としても働き始め、勤務先でカイロプラクティックに出会う。より本格的な技術と理論を学ぶため、シオカワスクールに入学を決意し、CSセミナーCLセミナーを修了する。勉強していく中で、自分が音楽家として活動するのではなく、カイロプラクティックでサポートしていきたい気持ちが強くなり、音楽講師をやめ、OKAカイロプラクティックに入社。カイロプラクティックの素晴らしさを普及するため日々施術に臨む。シオカワスクールで後進の育成にも携わっている。