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サーフィンを諦めかけた手の痺れ

サーフィンを諦めかけた手の痺れ

20代の頃からの腰痛も落ち着いた

50代男性
主訴
手の痺れと筋力低下
来院に至った経緯

5〜6年前、特に明確な外傷の記憶がないまま頚部に違和感を覚えるようになった。当初は「仕事の疲れが溜まっているのだろう」程度に捉えており、多少の違和感があっても日常生活に大きな支障はなかった。しかし時間の経過とともに症状は徐々に強まり、次第に上を向く動作や首を回す動作で痛みを感じるようになっていった。

仕事は現場作業とデスクワークが半々で、身体を使う日もあれば長時間座ったままでPC作業を続ける日もあった。そんな生活の中でもサーフィンは欠かさなかった。休日はもちろん、打ち合わせなどで海の近くを訪れた際には短時間でも海に入るほどサーフィンは生活の一部となっていた。

ところがある頃から、パドリングの際ボードの上で腹這いとなり頚部を反らした瞬間に強い痛みが走るようになった。最初は一時的なものだと思いそのまま続けていたが次第に左肩に力が入りづらくなり、波が大きい日には思うように漕げず流されてしまうことも増えていった。それでも「少し休めば良くなるだろう」と自分に言い聞かせながら海に通い続けていた。

やがて症状は頚部だけにとどまらず左肩から肘、さらに前腕から手指にかけて痺れを伴うようになった。特に頚部を反らす、あるいは回旋させる動作で症状は明らかに増悪し、夜間には左肩を下にして眠ることも困難になっていった。サーフィンの回数は次第に減り代わりにゴルフを始めたものの、ゴルフ中も頚・肩の違和感が気になり「以前のように身体を使えない」という感覚が強まってストレスが溜まっていた。。

不安を感じて整形外科を受診したところ画像検査で首の椎間板が薄くなっていると指摘され、疼痛緩和を目的としてブロック注射を打ったが症状は期待したほど改善せず、その後も大きな変化はみられなかった。何とか良くしたい一心で鍼灸や整体、マッサージなど良いと聞けば様々な治療を試したが、症状は一時的に軽くなるものの時間が経つと元に戻ってしまう状態が続いていた。

次第に「どこか一部分だけを診てもらっている感じがする」「結局、何が原因なのかわからないまま対処している」という感覚が残るようになっていた。背景には、20代の頃に経験した腰椎椎間板ヘルニアの既往があり、その後も繰り返してきた急性腰痛の経験から、「身体全体がうまく連動していないのではないか」という思いが強くなっていた。

波の良い日でも海に入れない事が多くなるにつれて自分らしさや生活の張りが少しずつ失われていくような気持ちであった。そんな折、現場で一緒に仕事をしていた職人から偶然視聴していたカイロプラクティックのYouTube動画を勧められた。頚部だけでなく骨盤や背骨全体を一つのシステムとして評価し原因を探っていく、という考え方に触れ「この身体の連動のズレを一度しっかり調べてもらいたい」と感じるようになった。

これまで数多くの治療を受けてきた中で、不安や迷いもあったが「このまま対症的なケアを続けるだけでは変わらない」という思いが勝り、根本から身体を見直すために来院を決意した。

初診の状態
  • 01

    背部筋の過緊張

  • 02

    腰部から仙骨にかけての筋の過緊張

  • 03

    頚部後面右半分の筋の膨隆と過緊張

経過と内容

レントゲン評価において、頚椎および腰椎ともに椎間板の変性がD3〜D4レベル、椎体の変形も認められる慢性的な状態であった。そのため本来であれば週2回の来院が望ましい状態であったが年末の繁忙期という事情を考慮し、まずは週1回ペースでのケアを開始した。

2週目(2回目のアジャストメント)には、強い眠気を感じたとのこと。これは長期間にわたり過緊張状態にあった神経系が調整され、副交感神経優位へと移行した際にみられる反応と考えられる。

3週目(3回目のアジャストメント)には、腕の痺れや肩の痛みに大きな変化はみられなかったものの、「痛みの質が変わってきた」という自覚が出現した。初診時に顕著であった背部の過緊張はやや緩和傾向を示したが、どの施術姿勢においても痺れを感じやすい状態が続いていた。

サーフィン時のパドリング動作において腹臥位で頚部を持続的に伸展させる姿勢が日常的に繰り返されており、頚椎前弯カーブが大きく減少した状態の下部頚椎から頚胸移行部に、過剰な機械的ストレスが集中していたと考えられた。この点を踏まえ、頚椎単独ではなく頚胸移行部、特にT1へのアプローチを主軸に切り替えた。

4週目(4回目のアジャストメント)には、痺れは徐々に軽減傾向を示した一方で、上部胸椎周囲から左頚部〜肩後面にかけて、熱感および発赤を伴う炎症反応が認められた。本人の申告から寝違えの負荷が加わった影響も考えられたが、神経機能が回復過程に入り感覚が正常化していく段階で一時的に症状が顕在化した可能性も考えられた。

5週目(5回目のアジャストメント)には、痺れの強さは、初診時を10とした場合2程度まで軽減。頚部周囲の炎症所見も落ち着き、左肩の筋力が入りやすくなったという明確な変化がみられた。

9週目(6回目のアジャストメント)には、約3週間の治療間隔が空いたものの、手の痺れは日常生活ではほとんど気にならないレベルを維持していた。頚・肩周囲の筋違和感は残存するが、筋出力は引き続き改善傾向にあり、現在も週1回ペースでのケアを継続中である。


考察

本症例における左上肢の痺れおよび筋力低下は下部頚椎由来の神経根に対する慢性的な構造的・機能的ストレスが主因であったと考えられる。
臨床所見およびレントゲン評価では、C5–C6椎間板の著明な狭小化(D4レベル)と椎体変性が認められ、加えてC6デルマトーム領域に一致した知覚鈍麻が確認された。

しびれは神経や血流が一時的または慢性的に阻害されることで生じる。短時間の圧迫であれば可逆的であるが、構造的問題が背景に存在し神経へのストレスが長期間持続した場合、神経の修復サイクルそのものが正常に機能しにくくなる。本症例では数年に及ぶ症状経過と椎間板変性の程度から、脳と身体をつなぐ神経サイクルに異常(サブラクセーション)が生じ自己修復が十分に行われない状態が形成されていたと考えられる。

さらに本症例を特徴づける要因として、サーフィンにおける競技特性が病態を慢性化させた点が挙げられる。パドリング時には腹臥位で頚部を持続的に伸展させた状態が続き、前弯カーブの減少した頚椎および頚胸移行部へ反復的な圧縮・牽引ストレスが加わる。この姿勢は椎間板および椎間孔周囲への機械的負荷を増大させ、頚部神経根への刺激を助長する条件となっていたと推察される。実際に患者はサーフィン中の頚部伸展位で症状が増悪し、パドリング時に左肩の筋力低下を自覚していた。

神経障害の進行および回復には一定の順序が存在し
「正常 → 痛み → 痺れ → 麻痺」
という進行過程と、
「麻痺 → 痺れ → 痛み → 正常」
という回復過程を辿るとされている。本症例においても初診時は知覚鈍麻と筋力低下が主体であったが、ケアの経過に伴い痺れの軽減、一時的な炎症反応や痛みの出現を経て違和感レベルまで改善が認められた。これは神経機能が回復段階に移行したことを示す臨床的所見である。

初診時には背部全体、とくに骨盤帯から胸椎にかけての筋緊張が著明であり安全性を考慮してまず骨盤部からアプローチを開始した。骨盤は身体構造の基盤であり、長年にわたる腰椎椎間板変性および反復する急性腰痛歴からも、仙腸関節機能の不均衡が全身の姿勢制御および神経系に影響を及ぼしていた可能性が高い。

経過途中からT1へのアジャストメントへ切り替えたことは、本症例における重要な転換点であった。頚胸移行部は頚椎と胸椎をつなぐ力学的要所であり、また交感神経系とも深く関与する領域である。ここでの機能回復により頚部伸展時に下部頚椎へ集中していた負荷が分散され、上肢への神経伝達環境が改善されたと考えられる。

神経の再生速度は1日あたり約0.3〜1mmとされ、損傷の程度によって回復には数か月を要する。本症例でも短期間での劇的改善ではなく、神経機能の回復プロセスに沿った段階的変化が確認された。

また肩こりのような筋緊張の持続はしばしば自律神経系の交感神経過活動とも関連するが、本症例では自律神経症状を伴わず純粋に筋骨格系の構造異常に起因していた点も特徴的である。

今回のケースは下部頚椎の慢性的な神経根障害に骨盤帯を含む土台構造の不均衡、さらにサーフィンにおける頚部伸展位の反復という競技特性が重なった複合的なケースであった。

しかし経過中の状態変化を丁寧に評価し骨盤部から頚胸移行部、神経根レベルへとアプローチ部位を柔軟に調整したことで、神経への物理的・機能的ストレスを段階的に軽減し慢性症状の改善へとつなげることができた。

本症例は症状そのものにとらわれるのではなく「神経伝達の正常化」を最優先に評価・介入することが、慢性症状における全身機能回復において極めて重要であることを示唆する症例であった。

大木 信之

執筆者塩川カイロプラクティック大木 信之

千葉県成田市出身。初めてのカイロプラクティックを受診後カイロプラクティックの可能性を直感し、長年従事した仕事を辞め4年制の東京カレッジオブカイロプラクティックに入学。様々なテクニックを学ぶ中で最も本質的なガンステッドカイロプラクティックを追求していくことを決意する。卒業後名古屋市内のガンステッドカイロプラクティック専門院を経て塩川カイロプラクティックに勤務。

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