シオカワグループ シオカワグループ

多くの著名人と その1

私が1975年にベネズエラでの開業を終えて、東京に治療の拠点を置いてから多くの著名人に出会った。

私の最初のオフィスは文京区の江戸川橋にあった。2坪の待合室に、5坪の治療室からなる小さな治療室であった。ここにはスイスの大使が来たり、ハリウッドスターのスティーブン・セガールが来たりした。スティーブン・セガールがまだ無名時代であった。

彼は大阪の十三(じゅうそう)に合気道の道場を持っており、大阪から1週間に1回ほど治療に来た。彼は、当時関西学院大学で教鞭をとっていたブレイ先生の紹介でやって来た。ブレイ先生は父親がカイロプラクターであったために、とてもカイロプラクティックを理解してくれ、多くの患者を紹介してくれた。

当時私はカイロプラクティックの普及のために全国でセミナーを開いていた。そこから、多くの弟子が育ち、全国から私のオフィスに多くの患者を紹介してくれた。

私の弟子の1人に大阪で開業していた西先生がいた。西先生は農林省に勤めていいたが、その職を辞め、カイロプラクターになるために勉強をしていた。私がピアーズ先生を日本に招待してから、西先生はピアーズテクニックのとりこになり、私が主催したセミナーやピッツバーグにあるピアーズクリニックに訪問する時には必ず出席した。

患者も1日100人ぐらい診るようになり、とても流行っていた。西先生は、私に相撲の三保ヶ関部屋の力士たちを患者として紹介してくれた。当時、元横綱の北の湖関や増位山関などの治療をしていた。

▲ハリウッドスターになる前のスティーブン・セガール

▲スティーブン・セガールとともに

ある時、大関で有名だった先代の貴乃花関を紹介され、診ることになった。貴乃花関とはプライベートでいろいろな所へ行った。東京場所が始まると、毎日相撲が終わってから私の日本橋の治療室に来られた。

大関を50場所もつとめられたのも、少しはカイロプラクティックが寄与できたことはこの上ない喜びであった。貴乃花関の引退後、NHKの「さよなら大関貴乃花」という番組に私がカイロプラクターとして出演した時はとても感激したことを覚えている。

その後も、多くの有名な力士たちを診ている。ある時、私が学長を務めているシオカワスクールオブカイロプラクティックにとても優秀な弁護士の河原先生が入学した。河原先生は、東京大学の法学部を卒業後、東京外国語大学でスペイン語を専攻していた。その後、ブラジルサンパウロ大学院を修了され、ウジミナス製鉄の顧問弁護士として活躍し、東京に帰ってきた。

ある日、東京大学に在学中に寮でお世話になった人の娘さんが、腰が痛くて河原先生の自宅で動けなくなってしまったという連絡がきた。そこで、私が往診することになった。するとわずか1回の矯正でよくなったので、大島部屋を紹介してくれた。

その後、現伊勢ヶ濱親方(元横綱旭富士関)や元小結旭道山関など多くの力士を診ることになった。

pagetop