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世界各国を巡って その1

人生は学ぶべき多くのことがある。日本という範囲にとどまらず、世界という大きなところをもっと知ることも必要である。世界を知り、世界中に友人を作り、自分の知らない世界での知識や経験を吸収し、人生を豊かなものにしてこそ生きている意味がある。

私はよく海外へ旅行に行く。

そして新しい友人ができ、その人たちから私の知らない知識を学ぶことができる。また食べたことのない食べ物に出会った時も感激を覚える。

私のマカオの友人は、自分が好きな中華料理を食べるために中華のレストランを作ったのだが、それが高じてもうすでに16店も作ったという。私がその店に行くと、中華料理で最も高価な「フカヒレの姿煮」「乾燥アワビ」「ツバメの巣のデザート」を出してくれる。

一度、日本の有名な中華のレストランに行き、同じ料理を注文したことがある。その店で、この料理はいくらになるのかと尋ねたところ、10万円と言われて非常に驚いた。

とにかく中国人はよく食べる。一度、東アジア美人コンテストに招待された時、そのコンテストが終わったのが夜の12時ごろであったにも関わらず、中国人の友人たちに連れられ、夜中の1時から食事を始め、3時ごろになってホテルに帰ったということがあった。

フランス人も食事に時間をかけることで有名である。

ある時、フランス人と昼食をとった時に、食事が夕食前になってやっと終わったということがあった。私のフランスの最も親しい友人に、ドクター・ダニエル・ニコールとドクター・リチャード・メルドナーの2人がいる。独身時代、2人の家を行き来しながら、フランスのパリに滞在したことがある。

ある時、ダニエルがアルプスへスキーに行ったので、私はリチャードの家に泊まることにした。すると、夜中になって誰かが部屋に入ってきた。そして、その人は私のベッドに入るなり、キスをしてきたが、私の口ヒゲに驚き、飛び上がった。電気をつけてみると、リチャードのガールフレンドだった。

翌日、今度はダニエルの家に泊まりにいったが、ベッドは1つしかなかったので、ダニエルと同じベッドで寝ることにした。しかし驚いたことに、ダニエルは何も着ないで、裸で寝るというのである。私は非常に驚いて、しっかりとパジャマを着込み、完全武装の状態で寝た。文化が違えば、いろいろなことが違うというのが分かった瞬間である。

さらに翌日ダニエルとパリのディスコに行った。私たちは酔っぱらってしまい、見知らぬアパートのベッドに眠ってしまっていた。すると、その部屋のルームメイトのガールフレンドがモデルの撮影から帰ってきて、不思議そうに私の顔をのぞいた。

ちょうどその時、私は目を覚ました。私は彼女のベッドで寝ていたのである。彼女と会話をして、私がカイロプラクターであることが分かると、彼女は治療をしてくれと言い出した。

検査をしようとした時、彼女は服をすべて脱ぎ捨ててしまった。私が戸惑っていると、フランスではよくあることだということである。日本人の私にとっては驚くばかりである。逆に、私が日本人の患者をダニエルに紹介した時、患者に服をすべて脱ぐようにと言ったら、日本ではそういうことはしないと言われてしまったそうである。

後に、ダニエルはヨーロッパの有名な武器商人であるカショギの専属のカイロプラクターとして月500万円で雇われた。パリからカショギの船が停泊しているモナコ沖までヘリコプターで行き来するようになった。ダニエルは、今ではその時に紹介してもらった人脈を通してカイロプラクター兼実業家として活躍している。

私は1991年のバルセロナオリンピックの時にオマーン国の公認カイロプラクターとしてオリンピック村にいたのだが、その時、3日間の休暇をもらい、ローマ、ニース、モナコをまわった。モナコに行った時、ダニエルがこの沖に停泊している船の中でカショギを治療している姿を想像したことがある。わずか3泊の旅だったが楽しい経験をすることができた。

後に、私はヨーロッパのカイロプラクティック団体の要請で、ギリシャ側のキプロスでカイロプラクティックの講演を行った。その時、再度ローマに行ったことがある。3泊の旅行の時に泊った古いグランドホテルはもうそこにはなかった。キプロスはギリシャ側とトルコ側に分かれていて長い間紛争しているところであるが、避暑地としてはなかなか良いところである。

ヨーロッパで興味深いのはノルウェーである。ノルウェーにはデンマークのカイロフォーム社のヤン社長にガンステッドセミナーへ招待されて行ったことがある。

その時のノルウェーは夏だったために、夜暗くなるのが11時ぐらいで、午前3時ぐらいになると太陽が昇り、もう明るくなる。朝明るくなったので、朝食をとろうとレストランに行ったのだが、まだ開店していなかった。

時計を見ると、まだ朝の4時であった。この時には、ただびっくりするばかりであった。聞くところによると、ノルウェーのある地域では夏は夜が無くて、冬は昼が来なくて一日中真っ暗であるという。

▲ニースにて

▲ナイジェリア・オリンピック組織委員会委員長と塩川満章D.C.

▲オマーン国・オリンピック組織委員会委員長と塩川満章D.C.

ノルウェーのオスロにはパーマー大学在学時の級友でクリアランス・ガンステッドに非常に気に入られていたトムビヤゴが開業していた。彼はガンステッド先生からウィスカンソンのガンステッドクリニックの設計図をもらって、ノルウェーにミニガンステッドクリニックを作った。根っからのガンステッドマンなのである。

この時に、デンマークのカイロフォーム社を見学するため、オスロからコペンハーゲン行きの切符を予約したが、あいにくエコノミーは空いておらず、ファーストクラスの席のチケットを購入した。飛行機に乗り込むと、ファーストクラスの席が無く、フライトアテンダントに聞くと、前の方の席に座れて、ラウンジは使えるとのことであったが、何だかだまされたような感じがした。そのことについて、オスロの事務所に文句を言いにいったのだが、彼らはそれをファーストクラスであるといって譲らなかった。

こういうことは、ヨーロッパではよくあることらしい。

デンマークではカイロプラクティックが法制化されており、カイロプラクティックの大学もある。多くの患者の手助けによって、カイロプラクター―患者協会が設立されて国と戦い、勝ち取ったそうである。私の友人のドクターピーターは、ここでガンステッドを専門として開業している。彼の妻はデンマークのロイヤルファミリーで有名な城の管理を任されていたが、ピーターと出会い、パーマー大学に留学してカイロプラクターになったそうである。彼らはいつもデンマークの城に泊りなさいと誘ってくれているが、いつか実現したいものである。

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