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世界のスーパースターと その1

私は今までカイロプラクティックを通して、世界のスターに出会った。世界陸上では、陸上界のスーパースターであるカール・ルイスとベン・ジョンソンに会った。何事でもトップを目指してきた人たちには、すばらしいオーラを感じられた。

前にも述べたことがあると思うが、ロスアンジェルスで開業しているレロイ・ペリーは、私の昔からの友人であり、彼は多くのハリウッドスターを治療している。

昔、彼はマドンナの主治医として来日したことがあった。その時に、私をマドンナの横で歌っていたニッキー・ハリスという黒人歌手を紹介された。その関係で、私はマドンナのコンサートに招待されたことがある。後に、ニッキーは歌手としてデビューしたがあまり売れなかった。ニッキーは、マドンナがディスコを貸し切って行ったニッキーの誕生会に私を招待してくれた。その時、ニッキーは私にマドンナを紹介してくれた。

レロイ・ペリーは、エリザベス・テイラーの主治医でもある。エリザベス・テイラーの家はベルレアにあり、私の友人のドクター・マーク・ピックの父親の家の真上にある。ある日レロイが往診に行くと、テーブルの上にいくつかのフランク・ミューラーの時計が置いてあった。エリザベス・テイラーから「好きなものを持っていきなさい」と言われたので、そのうちの一つをもらったそうである。

▲カール・ルイスとともに

▲ベン・ジョンソンとともに

私は、レロイペリーとバルセロナのオリンピック村やキューバのハバナでのセミナーで一緒になったことがある。彼はとにかくカイロプラクターとしては、一匹狼的存在であるがなかなかいい男である。

私がロスに行くと、彼は古いアンティークのロールスロイスで迎えに来てくれた。今ではハリウッドスターになったステーブン・セガールが彼の治療院を訪ねた時に、「日本のカイロプラクターのミツ(塩川満章D.C.の愛称)を知っているか」と尋ねたそうである。ステーブン・セガールがまだ無名の頃、大阪からよく東京の私のオフィスに来ていた。まだオフィスが江戸川橋のオフィスにあった頃なので、私が結婚して間もない約35年前だったと思う。その時のステーブン・セガールはとてもやせていた。

12年前に2回ほど、彼のハリウッドの自宅に行ったことがある。20年ぶりだったので、お互いに歳をとったなといって昔話をした。その時、私の息子がアイオワの高校に行っていたので、彼の家から息子に電話したことを覚えている。

黒人歌手のティナ・タナーから往診の依頼がきたことがある。ホテルのスイートに通されると、もうすでにテーブルが用意されていた。彼女は世界ツアーの時には、いつもマッサージ師を連れて行くそうであるが、その時は背中の痛みが取れなくて困っていたそうである。私の矯正を受け、彼女はすごく気に入ってくれた。また矯正をしてほしいという依頼があった。2回目の往診後に、私をティナタナーショーに招待してくれた。

▲スティーブン・セガールとともに

▲ティナ・ターナーとともに

ティナ・タナーの往診から約3年ぐらいしてから、サンタモニカから来たイーグルスのグレン・フライから往診の依頼がきた。早速目白にあるホテルに行くと、奥様も診てほしいということになり、ポータブルテーブルを部屋に持ち込み、2人を矯正した。すると、翌日イーグルスのメンバー全員見てくれということになった。メンバーのすべての部屋に行き、矯正を行った。

私の矯正に感動したのか、横浜でのコンサートに招待したいということになり、VIPの招待者として最高な席を用意してくれた。ショーが終わり、横浜駅の近くになると、1人の男性が近づいてきた。その人は、私の胸に貼ってあるグレン・フライの招待ワッペンをいくらでもいいから買いたいといってきた。私は快くそのワッペンをあげると、その人はとても喜んでくれた。イーグルスのホテルカリフォルニアはとてもすばらしい曲で、非常に気に入ったので早速アルバムを購入した。

次に往診の依頼があったのは、ロック界のスーパースター・レッドツェッペリンである。新宿のホテルから電話が入り、早速往診に行くことにした。最初は彼がどういう人物であるか知らなかった。後から聞いたら、スーパースターということでとても驚いた。

彼は、私がどのように矯正したかをイギリスの主治医であるカイロプラクターに教えてほしいということで、治療法を詳しく説明したものをFAXしたらとても喜んでくれた。彼もその夜のショーに招待してくれたので、楽屋裏で再度矯正した。

▲イーグルスのグレン・フライとともに

▲レッド・ツェッペリンとともに

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